音楽

邦ロックの歴史を自分なりに振り返ってみる【1960年〜1970年代】

 

どうも、音楽好きブロガーのもちきんです。

日本のバンドシーンにはその時代の「流れ」の様なものがある。

一定の時期にオルタナやらマスロックやらダンスビートやらシティポップの様なバンドが出てきたと思うと、気付いたらその時嫌になるほど耳に入ってきたバンド名を聞かなくなっている。

そして、後の世代に引き継がれる様に影響を与えていく。

勿論売れなくなったわけではない。

彼らは名が通った時期に爆発的に知名度を上げ、流行りの音楽を聴いては聴かなくなるという様な所謂「使い捨て」とも思われる様な今の時代に、元からのファンについてきてくれる「真の応援してくれるファン」を拾い上げ吸収し、そのまま活動を続けている。

今回は、そんな邦ロックの歴史を当時活躍していたバンドと共に紹介していく。

また、筆者は最近26歳になったばかりなので、1960年代〜1990年代前半は当時の感覚ではなく知識としての紹介になることをご承知願いたい。

1960年代

邦ロックを語る前に、ロックを語る上で外せない存在がいる。

The Beatles(ビートルズ)だ。

 

教科書にも載っている程有名な彼らが来日したのは1966年であり、日本にエレキギターやエレキベースなどの電気楽器を中心として編成される所謂GS(グループサウンズ)が台頭してきたのは間違いなく彼らの影響である。

また、7th Albumの「Revolver」を発表した事で、所謂サイケデリック・ロックを世界、また日本に浸透するきっかけを作ったのも彼らと言っていいだろう。

勿論、creem(ジャック・ブルース、エリック・クラプトン、ジンジャー・ベイカーの3人で結成されたバンド)やジミ・ヘンドリックス、プログレの先駆者とも言われるピンクフロイドが当時サイケデリック・ロックと言われるジャンル音楽を世に発表していって更にブームの火を灯していったのは明記しておく。

なお、B.B.キングらがアメリカで活躍していた頃に日本にも伝わり、ブルース・ロックが多くなくとも聴かれている時代であった。(B.B.キングの、初来日は1971年であり、ヒットチャートにブルースが出てくる様になるのも1970年代である。)

ザ・スパイダース

日本におけるGSの礎を築いたグループ。

The Beatlesの影響を受けながら、田邊昭知(現 田辺エージェンシー代表取締役社長)をリーダーに、堺正章とかつやまひろし(ムッシュ勝山)、井上順の3人をお中心に中心に繰り広げられる軽妙なやりとりによるコミカルな要素も持った人気グループであった。

なお、この時代のGSは現代のバンドとは違い、メンバーはお揃いの衣装や髪型を整え、楽曲はグループの人間ではなく職業作家(作詞家・作曲家)が手掛けていた。

ザ・モップス

朝まで待てない
ザ・モップス
J-Pop
¥255

スカウト前は当時イギリスで活躍していたアニマルズのエリック・バードンに心酔する鈴木ヒロミツによりブルースを志向していたが、デビューに際しサイケデリック・ロックを標榜とする。

日本のサイケデリック・ロックにおける草分け的存在として知られるGS。

メンバーは鈴木ヒロミツ、星勝、三幸太郎、村上薫、スズキ幹治。

エイプリール・フール

1968年8月に日本コロムビアからデビューしたザ・フローラルが前身のGS。

1970年代で活躍する、はっぴぃえんど。というバンドの前身でもある。

メンバーは小坂忠、菊池英二、柳田博義、細野晴臣、松本零(現:松本隆)の5人。

それまで日本で流行したブルース(ザ・モップスなど)と異なり、ピアノ、キーボード中心のアレンジによる録音を残している。

英米ロックを標榜した日本のニューロックにおいて、先駆的バンドの一つであったとされている。

1970年代

GS時代を抜けた日本のロック(ニューロック)の創世記。

また、B.B.キングが来日しブルースがヒットチャートに食い込み、市民権を得てきた時代。

はっぴぃえんど。

風をあつめて
はっぴいえんど
ロック
¥255

デビューは1969年。

およそ現在の邦ロックを語る上で外せないもう一つのバンドはまず、はっぴいえんど。だと思う。

GS時代に英語で歌うことが当たり前とされていた時代に、「え?日本語で歌ってもよくね?」と言って出てきたバンド。

メンバーは細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とレジェンド揃い。

シュガー・ベイブ

DOWN TOWN
シュガー・ベイブ
J-Pop
¥255

語るに欠かせないバンドその2。どっちかと言うとアングラ担当。

メンバーは山下達郎や大貫妙子と、解散後の活動は言うまでもない。

フラワー・トラベリン・バンド

1970年にデビュー。

ロケンローやシェキナーベイベーでお馴染み、内田裕也とザ・フラワーズが前身のバンド。

その時の日本はロックの歌詞は英語か日本語という派閥みたいなものが出来ていたが、内田裕也は英語で歌うことを選んだ。

それが功をなしてかカナダで成功を収めており、海外進出の先駆的な存在となった。

四人囃子

ハレソラ
四人囃子
ロック
¥255

サイケデリック・ロック、プログレといったジャンルのサウンドを奏でいたバンド。

幾度かのメンバー交代の影響もあり、初期と後期では殆ど別のバンドといってもよいほどそのサウンドは変化している。

BOW WOW

UNDER THE SKY
BOW WOW
ロック
¥255

かっこいい。

現代のハードロックと比べて遜色がない。

1980年代以降のメタル系バンドに大きな影響を与えたと言われているバンド。

次回へ続く

今回は、1960年代と1970年代の邦ロックを振り返った。

次回は、1980年代と1990年代前半を振り返っていこうと思う。

邦ロックの歴史を自分なりに振り返ってみる【 1980年〜1990年代前半】 どうも、音楽好きブロガーのもちきんです。 邦ロックの歴史を自分なりに振り返ってみるシリーズの続きです。 前回の記事は...

ではでは、また次回の記事で。

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もちきん
20代後半♂。綺麗な音楽や写真と物語が好き。